手のひらの物語を散歩する

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ブラジャイル

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「友達にそんなこと言われたの初めて」

 彼女は言葉の意味を、よく吟味するように、何度もかさついた唇を舐めていた。僕は彼女のその舌の先を見つめて、へびに丸ごと呑み込まれてしまうような心地だった。

「どうしていいのかわからない」

 ひと気のない夜の小田急線のホームには、びゅうびゅうと音をたてて雨風が吹きつけていて、蛍光灯が頼りなく明滅していた。彼女は改札からの階段の、あと一歩でホームへ降りてしまうところで横髪を抑えながら、ぼうっと白い息を吐いた。

「何でいま、ここで、いうのよ、そんなこと」

 駅のホームと僕たちだけが、夜の嵐の海の真ん中で、ぼんやり浮かびあがっているみたいだった。僕自身も、何でいま彼女に言ってしまったのか、不思議だった。こたえを知りたかったわけではないし、彼女を困らせたかったわけでもない。

 頭の中の言葉は、必死にたぐり寄せてもまた離れていって、口の中は乾くばかりだった。そして彼女が振り返って僕に向けた表情は、ホームに入ってきた上りの最終電車の横切ったライトが、一瞬で消し去ってしまった。

 毎朝、目が覚めると、彼女が電車に飛び乗る前にしてくれた優しいハグの感覚が、身体に残っている気がする。小動物の子どもを傷つけないように抱き上げるようなハグだった。

 僕はカーテンを開けて朝日を部屋に招き入れると、パジャマを脱いで鏡の前に立った。

 寝癖にもならないベリーショート。みっともなく少し膨らんだ胸と小さな乳首。自分を抱きしめるようにしてから、ひどい羞恥心と自身の柔らかい身体の違和感を、今日もまたブラジャーで隠した。

 ずっと嘘はつきたくないから、言ってしまった。抑えられなくなって、あふれてしまった。そうしてしまった僕を、わたしがゆるしていかなければいけないのだ。

 泣きそうだけど、大丈夫。

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